第87回 『Priceless』

最近はペットショップやブリーダーからではなく保護団体から犬を迎える方が増えている。とても喜ばしい事で、この流れがもっともっと広まってほしいと思っている。そしてその関連で元野犬だった犬のしつけや問題行動改善の機会に恵まれる事案も増えている。つい先日も元野犬だった犬のしつけ指導が終了したところである。三か月間日曜日を除いて毎日通い、指導させていただいた。週六日というのは異例である。理由はいくつかある。犬の心理状態がひどい事。飼い主さんが犬に引っ張られた際にこかされ骨盤を折ってしまい、身体的にも精神的にも犬を扱える状態ではなかった事。それでも最後まで責任を持って飼うという熱意に打たれた事、等である。

最初の二か月間は私と犬との1対1である。少しの物音や人の姿ですぐにパニックを起こし逃げようとする。いわゆる恐怖症である。それも強度の。強力なリーダーシップで犬をリードし、信頼関係と主従関係を作る事に努めた。初日から私の後ろを歩く事を教え、一週間程で(私がリードを持つ限りだが)パニックを起こさず歩けるようになった。それを見た飼い主さんは私のしつけ理論に全幅の信頼を置いてくれるようになり、私のアドバイスを全て守ってくれた。このような方は稀有な存在である。なかなかお目にかかれるものではない。感心する程の努力を重ねられ、今ではほぼ完璧に犬をコントロール出来るようになり、犬は常に飼い主さんの後ろを穏やかに歩けるようになった。改めて犬の問題行動改善の鍵は訓練士と飼い主の二人三脚であると再認識させていただいた。野犬として生き、不安な日々を過ごしてきた分、素晴らしい飼い主さんに出会えて本当に良かったなぁと思う。

最終日、涙腺が緩みそうな瞳で「本当に本当にありがとうございました。」と仰られ、手には寸志の封筒を持っておられたが丁重にお断りした。それでも「いや、お願いします、受け取って下さい。」と仰られるので、「それじゃ、それはドッグフードのお金にしてあげて下さい。」と固辞した。私は既にお金以上のものを頂いている。『どんなにひどい心理状態の犬でも私のしつけ理論で解決出来る。』という証明をその飼い主さんがして下さった。それはお金では買えない財産である。

私はこの先の人生で、プライスレスな財産を一体どれ程頂けるのだろう。学ぶ心を失わず、一日一日をしっかり積み重ねていく所存である。

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