第39回 「信頼」

首の周りを触ろうとすると噛みついてきたり、首輪の付け替えが困難な犬と向き合っていると色々と考えさせられます。我々人間からすればたかが首輪の付け替えやリードの付け外しという行為が犬にとっては最大の急所である首を人間にあずける、おまかせするという行為なんですね。首輪の付け替えやリードの付け外しが容易に出来るという事は、それだけその犬が人を信頼しているという事。おまかせしているという事。

その信頼に応えているのか?その信頼に値することを犬に返してあげているのか?私を含め全ての犬の飼い主が常に自問自答を繰り返すべきではないでしょうか?

そこに自ずと正しい生活、正しい道が見えてくるような気が致します。

『ただ不修をおそれるべし。』

道元禅師の教えが身に、心に沁み込みます。

第38回 「義務研修会の意義」

先月末、公認訓練士の義務研修会へ行ってまいりました。年一回、毎年催される研修会で出席が義務付けられています。毎年毎年くだらない内容ですが、今年もくだらなかったです。どこかのアメリカ人が考案した新しいドッグスポーツが欧米で人気上昇中で、それを日本に取り入れていくだとかで、時折動画を交えながら講師が約三時間しゃべり続けるというものでした。しょうもない。訓練士の、訓練士による、訓練士のための研修会。

話は変わりますが、先日、はずれてしまった首輪をつけてほしいという依頼がありました。柴犬、雄、6才。奥さんは腕をひどく嚙まれ、二日前からショックで寝込んでいるとの事。私以前に二軒の訓練所(約三名の訓練士)が関わっていたみたいですが、経過が思わしくなく、首の周りを触ろうとしただけで神経質になり、訓練士自身も触れなくなってしまったようです。約10分で首輪を付け終わり、ご主人さんは勿論奥さんも家から出てこられてたいそう喜ばれておりました。

私は常日頃から、噛み癖やトイレのしつけ、分離不安といった初歩的でかつ深刻な問題について訓練士が意見を交換し合い、議論をする場が必要なんじゃないかと考えています。

訓練士の、訓練士による、一般愛犬家のための義務研修会。これ程有意義な研修会はないでしょう。年配の訓練士の方に提案した事はありますが一笑に付されました。

悲しいかな、これが現実です。

第37回 『本物との御縁』

私は八年前にある出来事で心が壊れかけていた時に仏教に御縁をいただき救われました。以来、仏教専門書を読んだり、高僧の教えを吸収したりと、自分なりに勉強し、実践し、日々の生活に応用するようになりました。それは今も継続中で、これからも死ぬまで続けると確信しています。

数ある名僧・高僧の中でも特に感銘を受けたのが道元禅師です。師の教えは非常に素晴らしい。出家者のみならず、我々世俗に生きる者達にとっても必要で大切な教えを説いておられます。師の教えを犬の訓練士という立場で応用・実践していくことで、様々なトラブルを抱えている犬や飼い主と向き合う事が容易になりました。師は今から約800年前の方ですが、本物は残ります。

先日、妻と近くのショッピングモールへ買い物へ行った折、本屋さんに立ち寄りました。ペット関連の棚を物色しているとたくさんのしつけ本が・・・。普段は全く読まないのですが久し振りに手にしてパラパラめくってましたがすぐに棚に戻しました。書かれている内容が薄過ぎる。「しつけ本の通りにやってもうまくいかない。」云々の言葉を多くの飼い主さんからよく聞かされますが、改めて『そりゃそうなるわなぁ。』と思いました。

本物との出会いが難しい現代社会に生きる我々が本物に出会うには、これまでの常識や観念をゼロにして、名僧・高僧の教えに触れてみて下さい。実践する努力を起こしてみて下さい。

間違いなく犬との関係が変わります。内容のうすいしつけ本を読むよりも、自己研鑽に励む方が犬の問題行動を解決する糸口を見つける事が出来るようになります。

なんだか説教じみた内容になってしまいました。仏教に御縁をいただいたのがちょうど今の時期だったのでついついペンを走らせてしまったのかもしれません。

もうすぐ夏も終わりますが、まだまだ残暑は厳しいかと思います。くれぐれも熱中症にはご用心を。

第36回 『散歩の時間』

「散歩は何分ぐらい行けばいいですか?」という質問をよく受けます。個体差もあり、絶対的な時間がないので返答に困りますが、散歩が足りてるかどうかのバロメーターを提示することは出来ます。これまでの経験から以下の七点が見られる場合は、散歩が足りてないのでは?と見直す必要があるかと思います。

一、散歩の時間が近付いたり、散歩の準備を始めると異常に興奮する。

二、チアノーゼになるぐらいリードを引っ張る。

三、散歩中、物音等にビクビクして事あるごとに立ち止まったり、座り込んだりする。

四、家具や家の柱や小屋等への破壊行為。

五、エサやおもちゃ等への執着心。

六、散歩から帰ってきても落ち着きがない。

七、分離不安の症状が見られる。

等々、他にも色々ありますが、代表的なものは以上の七点かと思います。

散歩は犬にとって最も大切なものです。努力をしてでも散歩の時間を作りましょう。その努力は、犬の笑顔という形でかえってきますよ。

第35回 「水無月雑感」

連日暑い日が続きますね。熱中症で運ばれる人達のニュースも早や報道されております。私が学生の頃の5月、6月はこんな事なかったような気がしますが・・・。地球の温暖化だの、いや実は寒冷化だの、大地震の前触れだの何だか心落ち着かない話が耳によく入ってきて気分が暗くなります。

それはさておき、今年も私は愛犬マックスの毛をバリカンでバッサリやりました。サマーカットです。毛が長い犬にとっての熱中症対策の一つにサマーカットは必須ですね。毎度の事ですが、刈った直後はいつもと感覚が違うのか、やたらとテンションがハイになります。特に風が吹いた時にめちゃめちゃ楽しそうにはしゃぐ姿がなんとも微笑ましい光景です。今年で13才になる老犬なのに、仔犬のような振る舞いに癒されます。

そんなマックスですが、約2か月前から近所のある犬にやたら攻撃的な態度を見せるようになりました。その犬には元々無反応だったのに・・・。私も最初は原因が皆目見当がつかず、叱りつけていたのですが、先日ふと思う事がありその犬の飼い主さんに「すいません、その子どこか体調が悪くないですか?」とお尋ねしたところ、何とガンを患っているとの事。なるほど。合点。どうやらマックスはその犬から出るがん細胞の負のエネルギーに反応していたんですね。飼い主の発作を事前に察知したり、ガンを発見したりする犬と同じ反応を示していたわけです。我が愛犬ながら感心させられました。

微笑ましい光景に癒されたり、不思議な能力に感心させられたりと犬の魅力を改めて感じている今日この頃です。

皆様、熱中症にはくれぐれもご注意を。

第34回 「しつけ教室に関する見解」

ここのところしつけ教室に関する問い合わせが相次いでます。「そちらではしつけ教室は開催してますか?」ってな感じですね。

私はしつけ教室はやってませんし今後もやるつもりは全くありません。訓練所での修行時代にしつけ教室の限界を痛感したからです。しつけ教室で出来る事は限られています。基本訓練程度です。参加者全員が基本訓練を望んでいる場合はよろしいかと思いますが、参加者の悩みは千差万別のケースがほとんどです。様々な悩みや要望を持った人達が一同に介して、限られた時間にニーズに応えるなんて不可能です。周りに気後れして聞きたい事があっても聞けない方もおられますし。中途半端な事はしたくありません。

しつけ教室を真っ向から否定する気はありませんが、しつけ教室にお金と時間をかけるよりも、自己を高める方法、自己を律する術を学び、習得する努力をされた方が賢明です。自己を律する事が出来る人に対して、犬は自然と服従するようになりますから。基本訓練が出来るようになったから服従する、ではないんですよ。

第33回 「概念・一石」

『エサ』は『ごはん』または『フード』、『寝床』は『ベッド』、『ジャーキー』は『おやつ』または『ごほうび』という概念・言葉があるのに『犬小屋』や『サークル』には『犬のおうち』または『犬の休息所』という概念がない事に警鐘を鳴らしたいと常に考えています。

なぜ『犬小屋』や『サークル』には『犬のおうち』という概念がないのか?私が思うにそれは『犬小屋に閉じ込めるのはかわいそう』とか『サークルに入れっぱなしはかわいそう』という思いからきてるのでしょう。愚の骨頂です。そんな誤った考えは取っ払いましょう。その考えや感覚が無駄吠えや分離不安や噛み癖につながる事を理解しましょう。

犬小屋やサークル内で大人しく出来ない犬はほぼ例外なく様々なトラブルを抱えてしまいます。忍耐する心が育たないからです。授業中ジッと出来ない人間の子供と一緒です。

本当の自由・本当の幸福は忍耐なくしてありえません。何の束縛もなくやりたい放題する事が本当の自由・本当の幸福ではありません。それは人間も同じですね。

連日、人間性の崩壊を思わせるようなニュースが後を絶ちませんが、犬の問題行動に通ずるものがあるなと感じています。忍耐する事を教える事と、虐待のボーダーラインがあいまいになっているこのイカレタ世界に一石を投じていくのも訓練士の使命だと思うのですが、いかがでしょう?

第32回 「初春雑感」

梅の花が散り、桜の蕾がふくらみ始め春がすぐそこまできましたね。メジロのつがいが梅の木に止まり楽し気に語り合っている光景がとても好きな私は、桜が待ち遠しい気持ちと梅の花が散る寂しさが入り混じったなんともセンチな気分になります。まさしく諸行無常。日々の暮らしの中でも随所にお釈迦様の教えが胸に響きます。

約二か月前から9才の柴犬の散歩代行をしておりました。飼い主さんが足を怪我されたので、その間の世話を頼まれた次第です。引っ張り癖がひどく、80才を目前に控えた飼い主さんには大変だなと思い、ついでに引っ張り癖のしつけもしておりました。9才なので悪い癖がしみついておりましたが、二か月間毎日毎日私が世話するのですっかり改善しました。家を出る時も門の前でちゃんと座り、人間が先に出るまで待つようになり、心の穏やかな犬になりました。

引っ張り癖の発生メカニズム、治し方、犬と向き合う時の心の持ち方、リードの持ち方等を指導させていただき、今では足が回復した飼い主さんが快適に散歩してるようで、今朝もお喜びのメールをいただきました。ありがたい事です。

訓練競技会で好成績を目指す喜びもありますが、問題行動の研究やしつけの勉強がおろそかになるようでは訓練士の存在意義はないと私は考えております。

同志が集い、悩める愛犬家の為の研究会みたいなものを自らが発起人となって発足するのが私の夢の一つであります。

勉強、研究は楽しいものですぞ。

第31回 「ネギから学ぶ」

私の家の食卓には毎日お味噌汁が並びますが、具材の中で欠かせないものがあります。それがあるのとないのとでは全く印象が異なってきます。なくても勿論美味しくありがたくいただきますが、それがあるとグッと味が引き締まって味噌汁のパワーが二倍にも三倍にもアップしてるんじゃないかと思われる程です。

それとは何か。ネギです。家から車で2、3分のところにある無人販売所で売られているネギです。私の家ではよくその販売所でネギやその他色々なお野菜を買わせていただいてます。

完全無農薬で化学肥料は一切使用していないそのお野菜を作っているのは一人のおばあさん。ジブリ作品から出てきたかのような風貌と出で立ちのおばあさん。そのおばあさんと会話を交わしていると毎回毎回心が洗われていくのを感じます。完全無農薬という事に信念と誇りを持って野菜作りに励んでおられる姿勢とエネルギーに感動するのです。『一事を続ける』ことの大切さをおばあさんの野菜は教えてくれます。

どんな仕事でもいいと思うのです。目の前の自分に与えられた仕事を誠実に、明るい心で一つ一つ打ち込めば世の中は明るい方向へ向くのではないでしょうか。おばあさんのネギをいただく度に、その事を強く思うのです。私は犬の訓練士という仕事を通して、世の中の片隅を照らす光明になりたいと思っております。

今日も美味しくありがたく、ネギをいただきます。

第30回 「禅の心で」

新年がスタートして早や一か月が過ぎようとしております。早いなぁ。ありがたいことに私は毎日多忙の日々を送っております。どれだけ忙しくとも、小さな喜びや感謝の心を失わないようにと励んでおります。

今月からとある犬のしつけがスタートしまして、その犬にリードをつけて歩いている時に突然『歩行禅』という言葉がパッと出てきました。どうしてそんな言葉がそのタイミングで出てきたのかわかりませんが、あまり深く考えず、仏さまからのメッセージと受け止め、『歩行禅』をテーマに引っ張り癖の矯正の応用に取り組み始めました。今までの引っ張り癖のしつけ方法の概念がガラガラと音を立てていく体験をしております。新しい『引っ張り癖の矯正法の確立』が自分の中で出来上がっていく感覚がワクワクです。ただこれを飼い主さんに実践していただくにはまだまだ時間はかかりそうです。誰にでも実行出来るように合理的にまとめる作業が必要ですね。

学ぶ楽しさを毎日感じてます。

本年も、マイペースで更新してまいります。