第42回 『私の新年スタート』

2020年もスタートして早や一か月が経とうとしております。私はいつも通り元旦から仕事をしておりました。ありがたい事です。

2020年はとある飼い主さんと意見のぶつかり合いで幕が開けた、って感じです。(笑)出張訓練の難しさを感じながらも、意見やクレームをいただける喜びも同時に感じております。成長出来るチャンスを逃がさず、逃げずに向き合っていきたいですね。

先日、犬用の訓練道具をネットで検索していた時に偶然良い本に巡り合えました。『イヌの博物図鑑』。アーダーム・ミクローシという方が書かれた本ですが、内容が実に素晴らしいです。一人でも多くの愛犬家に読んでいただきたいです。

犬に関する本は新たに買う事はないと思っていたタイミングでの出会い、そして飼い主さんとの衝突・・・。『もっともっと勉強せなアカンぞ!!』と神様仏様から叱咤されてるような・・・。私の2020年はこんな形でスタートしております。

本年もよろしくお願い致します。

第41回 『師走の御挨拶』

早いもので今年も残りわずかとなりましたね。早いなぁ。年を重ねる程月日の流れが早く感じると言われておりますが本当ですね。今年も多くの犬と飼い主さんとの御縁に恵まれ、色々な事を考えさせられ、学び、成長させていただきました。

一つ一つ振り返ると、後悔の念が多くなるのは残念でもあり、自分の未熟さにため息をついてしまいますが、七転び八起きの精神で肥やしにしていくしかないなと日々気持ちを新たにしております。

先月からとある本を読み直しております。テンプル・グランディン著の『動物感覚』。20代の頃に熱中して読んでいた本ですが、ふとまた読みたくなったのでパラパラとページをめくっていると止まらなくなりました。『こんなにおもろい本やったか?』と思うぐらい熱読しております。20代の頃には感じることのなかった感覚を素直に喜び、幸せを感じております。この本から得られる知識を己の技術へ昇華させ、一人でも多くの犬の飼い主さんへ還元していく所存です。

と、まぁ簡単で拙い文ではありますが、年の瀬の御挨拶とさせていただきます。

来年もよろしくお願い致します。

皆様、どうぞ良いお年を。

第40回 「スキをなくす努力」

要求吠えで困っている飼い主さんは多いですね。今回は要求吠えについて私見を述べていこうと思います。

散歩の催促で吠える、エサやオヤツの催促で吠えるの二点が大方のケースかと思います。人間の子供が「オヤツ買ってぇぇ!」とせがんでいる光景に出くわす度に『犬の要求吠えと一緒やなぁ。』と感じています。

我が家の愛犬も妻には要求吠えをしますが、私には絶対しません。何故要求吠えをするのか?答えは簡単、スキがあるからです。要求される方にスキがあるから。『この人に要求したら聞いてもらえる。』と思わせるスキです。そのスキを無くすにはどうすればいいか?自然の摂理からなるべく離れず、己を律する生活を心がける事です。

食べすぎ、飲みすぎ、喫煙、テレビの見過ぎ、部屋が散らかっている・・・等々、日常生活で己を律する術はいくらでもあるので何か一つでも実践する事をおすすめします。

それからもう一つ、型から入るという事も同時に実行していく事も大切です。散歩の時に横につかせて歩く時間をつくる、座らせて待つ事を教える等です。基本訓練ですね。基本訓練の目的は、犬を服従させる感覚を飼い主さんに肌で感じてもらう事です。そこから何かをつかんで犬との上下関係を構築させるキッカケになってほしいと思います。

吠えたら叱る、で治る程簡単ではないんですね。

最後に一点付記します。散歩に全く連れて行ってもらえない犬がクンクン鳴いている場合は除外します。それは虐待であり、全くもって論外です。

第39回 「信頼」

首の周りを触ろうとすると噛みついてきたり、首輪の付け替えが困難な犬と向き合っていると色々と考えさせられます。我々人間からすればたかが首輪の付け替えやリードの付け外しという行為が犬にとっては最大の急所である首を人間にあずける、おまかせするという行為なんですね。首輪の付け替えやリードの付け外しが容易に出来るという事は、それだけその犬が人を信頼しているという事。おまかせしているという事。

その信頼に応えているのか?その信頼に値することを犬に返してあげているのか?私を含め全ての犬の飼い主が常に自問自答を繰り返すべきではないでしょうか?

そこに自ずと正しい生活、正しい道が見えてくるような気が致します。

『ただ不修をおそれるべし。』

道元禅師の教えが身に、心に沁み込みます。

第38回 「義務研修会の意義」

先月末、公認訓練士の義務研修会へ行ってまいりました。年一回、毎年催される研修会で出席が義務付けられています。毎年毎年くだらない内容ですが、今年もくだらなかったです。どこかのアメリカ人が考案した新しいドッグスポーツが欧米で人気上昇中で、それを日本に取り入れていくだとかで、時折動画を交えながら講師が約三時間しゃべり続けるというものでした。しょうもない。訓練士の、訓練士による、訓練士のための研修会。

話は変わりますが、先日、はずれてしまった首輪をつけてほしいという依頼がありました。柴犬、雄、6才。奥さんは腕をひどく嚙まれ、二日前からショックで寝込んでいるとの事。私以前に二軒の訓練所(約三名の訓練士)が関わっていたみたいですが、経過が思わしくなく、首の周りを触ろうとしただけで神経質になり、訓練士自身も触れなくなってしまったようです。約10分で首輪を付け終わり、ご主人さんは勿論奥さんも家から出てこられてたいそう喜ばれておりました。

私は常日頃から、噛み癖やトイレのしつけ、分離不安といった初歩的でかつ深刻な問題について訓練士が意見を交換し合い、議論をする場が必要なんじゃないかと考えています。

訓練士の、訓練士による、一般愛犬家のための義務研修会。これ程有意義な研修会はないでしょう。年配の訓練士の方に提案した事はありますが一笑に付されました。

悲しいかな、これが現実です。

第37回 『本物との御縁』

私は八年前にある出来事で心が壊れかけていた時に仏教に御縁をいただき救われました。以来、仏教専門書を読んだり、高僧の教えを吸収したりと、自分なりに勉強し、実践し、日々の生活に応用するようになりました。それは今も継続中で、これからも死ぬまで続けると確信しています。

数ある名僧・高僧の中でも特に感銘を受けたのが道元禅師です。師の教えは非常に素晴らしい。出家者のみならず、我々世俗に生きる者達にとっても必要で大切な教えを説いておられます。師の教えを犬の訓練士という立場で応用・実践していくことで、様々なトラブルを抱えている犬や飼い主と向き合う事が容易になりました。師は今から約800年前の方ですが、本物は残ります。

先日、妻と近くのショッピングモールへ買い物へ行った折、本屋さんに立ち寄りました。ペット関連の棚を物色しているとたくさんのしつけ本が・・・。普段は全く読まないのですが久し振りに手にしてパラパラめくってましたがすぐに棚に戻しました。書かれている内容が薄過ぎる。「しつけ本の通りにやってもうまくいかない。」云々の言葉を多くの飼い主さんからよく聞かされますが、改めて『そりゃそうなるわなぁ。』と思いました。

本物との出会いが難しい現代社会に生きる我々が本物に出会うには、これまでの常識や観念をゼロにして、名僧・高僧の教えに触れてみて下さい。実践する努力を起こしてみて下さい。

間違いなく犬との関係が変わります。内容のうすいしつけ本を読むよりも、自己研鑽に励む方が犬の問題行動を解決する糸口を見つける事が出来るようになります。

なんだか説教じみた内容になってしまいました。仏教に御縁をいただいたのがちょうど今の時期だったのでついついペンを走らせてしまったのかもしれません。

もうすぐ夏も終わりますが、まだまだ残暑は厳しいかと思います。くれぐれも熱中症にはご用心を。

第36回 『散歩の時間』

「散歩は何分ぐらい行けばいいですか?」という質問をよく受けます。個体差もあり、絶対的な時間がないので返答に困りますが、散歩が足りてるかどうかのバロメーターを提示することは出来ます。これまでの経験から以下の七点が見られる場合は、散歩が足りてないのでは?と見直す必要があるかと思います。

一、散歩の時間が近付いたり、散歩の準備を始めると異常に興奮する。

二、チアノーゼになるぐらいリードを引っ張る。

三、散歩中、物音等にビクビクして事あるごとに立ち止まったり、座り込んだりする。

四、家具や家の柱や小屋等への破壊行為。

五、エサやおもちゃ等への執着心。

六、散歩から帰ってきても落ち着きがない。

七、分離不安の症状が見られる。

等々、他にも色々ありますが、代表的なものは以上の七点かと思います。

散歩は犬にとって最も大切なものです。努力をしてでも散歩の時間を作りましょう。その努力は、犬の笑顔という形でかえってきますよ。

第35回 「水無月雑感」

連日暑い日が続きますね。熱中症で運ばれる人達のニュースも早や報道されております。私が学生の頃の5月、6月はこんな事なかったような気がしますが・・・。地球の温暖化だの、いや実は寒冷化だの、大地震の前触れだの何だか心落ち着かない話が耳によく入ってきて気分が暗くなります。

それはさておき、今年も私は愛犬マックスの毛をバリカンでバッサリやりました。サマーカットです。毛が長い犬にとっての熱中症対策の一つにサマーカットは必須ですね。毎度の事ですが、刈った直後はいつもと感覚が違うのか、やたらとテンションがハイになります。特に風が吹いた時にめちゃめちゃ楽しそうにはしゃぐ姿がなんとも微笑ましい光景です。今年で13才になる老犬なのに、仔犬のような振る舞いに癒されます。

そんなマックスですが、約2か月前から近所のある犬にやたら攻撃的な態度を見せるようになりました。その犬には元々無反応だったのに・・・。私も最初は原因が皆目見当がつかず、叱りつけていたのですが、先日ふと思う事がありその犬の飼い主さんに「すいません、その子どこか体調が悪くないですか?」とお尋ねしたところ、何とガンを患っているとの事。なるほど。合点。どうやらマックスはその犬から出るがん細胞の負のエネルギーに反応していたんですね。飼い主の発作を事前に察知したり、ガンを発見したりする犬と同じ反応を示していたわけです。我が愛犬ながら感心させられました。

微笑ましい光景に癒されたり、不思議な能力に感心させられたりと犬の魅力を改めて感じている今日この頃です。

皆様、熱中症にはくれぐれもご注意を。

第34回 「しつけ教室に関する見解」

ここのところしつけ教室に関する問い合わせが相次いでます。「そちらではしつけ教室は開催してますか?」ってな感じですね。

私はしつけ教室はやってませんし今後もやるつもりは全くありません。訓練所での修行時代にしつけ教室の限界を痛感したからです。しつけ教室で出来る事は限られています。基本訓練程度です。参加者全員が基本訓練を望んでいる場合はよろしいかと思いますが、参加者の悩みは千差万別のケースがほとんどです。様々な悩みや要望を持った人達が一同に介して、限られた時間にニーズに応えるなんて不可能です。周りに気後れして聞きたい事があっても聞けない方もおられますし。中途半端な事はしたくありません。

しつけ教室を真っ向から否定する気はありませんが、しつけ教室にお金と時間をかけるよりも、自己を高める方法、自己を律する術を学び、習得する努力をされた方が賢明です。自己を律する事が出来る人に対して、犬は自然と服従するようになりますから。基本訓練が出来るようになったから服従する、ではないんですよ。

第33回 「概念・一石」

『エサ』は『ごはん』または『フード』、『寝床』は『ベッド』、『ジャーキー』は『おやつ』または『ごほうび』という概念・言葉があるのに『犬小屋』や『サークル』には『犬のおうち』または『犬の休息所』という概念がない事に警鐘を鳴らしたいと常に考えています。

なぜ『犬小屋』や『サークル』には『犬のおうち』という概念がないのか?私が思うにそれは『犬小屋に閉じ込めるのはかわいそう』とか『サークルに入れっぱなしはかわいそう』という思いからきてるのでしょう。愚の骨頂です。そんな誤った考えは取っ払いましょう。その考えや感覚が無駄吠えや分離不安や噛み癖につながる事を理解しましょう。

犬小屋やサークル内で大人しく出来ない犬はほぼ例外なく様々なトラブルを抱えてしまいます。忍耐する心が育たないからです。授業中ジッと出来ない人間の子供と一緒です。

本当の自由・本当の幸福は忍耐なくしてありえません。何の束縛もなくやりたい放題する事が本当の自由・本当の幸福ではありません。それは人間も同じですね。

連日、人間性の崩壊を思わせるようなニュースが後を絶ちませんが、犬の問題行動に通ずるものがあるなと感じています。忍耐する事を教える事と、虐待のボーダーラインがあいまいになっているこのイカレタ世界に一石を投じていくのも訓練士の使命だと思うのですが、いかがでしょう?