第51回 『良書推薦』

連日、雨。

42年間生きてきて記憶にない程降り続いております。

小雨程度なら仕事をしますが基本的に雨天は休みです。気分が滅入っているかというとさにあらず、気持ちを切り替えて読書に時間を割いてます。晴耕雨読とは誠に宜しい言葉です。

犬関連で最近読んでいる(と言うか読み返している)本はフロイントの『オオカミと生きる』。初めて読んだのが20才頃ですのでずいぶん古い本ですが、良い本は何回読み返しても良いもんです。私のしつけ法や問題行動の改善法が広がったのもこの本のおかげです。

中途半端なしつけ本には書かれていない大切な事がたくさん書かれています。

しつけにおいては、自分の意志を通す力がいかに必要であるかという事と、実践する事が人の心を動かす力になるという事を再認識させられます。絶版本なので新品では買えませんが、この梅雨の時期(それとコロナ関連での自粛傾向の時期)を機に是非。

第50回 『手のかかる犬ほど・・・』

15年振りに一目惚れしました。

目はキリッとして鋭く、鼻は筋が通って高く、毛はオオカミのように美しく、耳は真っすぐ立ち、尾は巻尾で、年齢は2才・・・あ、はい犬です。

先月から関わらせていただいている犬で、初めて飼い主さん宅に到着した時に窓辺からジッと私を見据える姿にやられました。思わず「うわぁぁぁ」っと声がもれ、トキメキ100%になりました。(なんのこっちゃ)

私は動物らしい犬が大好きで、誰にでもすぐなつく愛玩犬よりも気難しく一筋縄ではいかない犬に魅力を感じてしまいます。

その犬の問題は極度の怖がりで、散歩に連れて行けない事。走っている車やバイクを見たり、遠くで鳴っているエンジン音を聞いただけでパニックを起こしてあばれます。飼い主さんはお手上げで、その犬は約2年間散歩に連れて行ってもらえず家と庭だけの引きこもり状態でした。原因は仔犬の頃からの経験不足と飼い主さんの間違った接し方。

パニックの度合いがかなりひどいので改善していくのはかなりエネルギーを要するとは思いましたが、鼻の使い方を見た時に『大丈夫、治る。』と何となく感じました。この『何となく』がバカに出来ないんですよ。

パニックを起こす度にマッサージをしたり、信頼関係を築く為にブラッシングに時間をかけたり、車がほとんど走らない時間を選んで朝3時半から散歩したりと、色々な努力を重ねた甲斐あって1クール終了しない内に喜んで散歩するようになりました。尻尾がピンと立ち喜々としたエネルギーで匂いを嗅ぎまわる姿を見ると幸せな気持ちでいっぱいになります。走っているトラックを見たり、交通量の多い道を歩いたり、杖をついて歩いている人を見るとまだパニックを起こしますが、まぁ仕方ない。2年も引きこもりだったんですから。毅然とした態度で待つのみ。

競技会で好成績を目指すのも良いですが、精神を病んだ、扱いが難しい犬を幸せにしていく努力は格別です。

そういう努力が私は楽しくて楽しくて仕方ないんです。

第49回 『曇りガラス』

先日、チュクチ族と犬との共存生活を紹介しているテレビ番組を拝見しました。私は原住民族の方達の動物の扱いにとても興味があります。我々文明生活者より動物の扱いがはるかに上手く、動物の事を理解されており、学ばなければならない要素がたくさんあるからです。しつけの本なんて足元にも及ばないぐらい優れた教材だと思います。

小学校に上がるか上がらないかぐらいの小さな男の子が大型犬同士のケンカを一瞬で止めさせるシーンに度肝を抜かれました。しつけの真髄がそのワンシーンに集約されていました。技術にこだわる人達からは「野蛮だ」とか「虐待だ」といった声が上がりそうですが、もう少し冷静になって、そして近視眼的な考え方を改めてほしいなと思いますね。

やり方だけを見て虐待と捉えるのは間違ってると思います。虐待かどうかはその後の犬の態度・表情・エネルギーから判断するべきです。これは現在の学校の教育や家庭のしつけにもあてはまることだと思います。

文明の利器や間違った食生活に囲まれ、真理から遠ざかり、本質的なものを見失っている我々文明生活者は原住民族の方達から学ばなければならない要素がたくさんあると思うんです。

我々は曇ったガラスを通して世界を見ている。

犬はその事に気付かせてくれる動物だと思います。

第48回 『八万四千の応用と一の基本』

ここんところワンポイントレッスン時において飼い主さんとの歯車がどうも合わない・・・。飼い主さんの希望に沿う指導が出来ていない・・・。溝が生じてしまう・・・。何故だろう・・・。何が足りないんだろう・・・。

って事がここ一、二か月私の頭を悩ましておりました。プチスランプに陥ってました。こういう時の私はひたすら読書です。読書は常にしておりますが、道を求める時は読書熱が5℃程上昇します。先哲の言葉に救いを求めます。

法華経に関する本を読んでいる時にハッと気付かされました。そこに答えがありました。

『対機説法が出来ていなかった・・・。』

お経の数は八万四千種あるらしいのですが、内容を突き詰めると全て同じ所に帰結します。『諸悪莫作。衆善奉行。』意味は『良い事をして、悪い事をしない。』ただこれだけの事なのに八万四千もあるのは、お釈迦様は教えを乞う人の度量に応じて説かれたからです。その人の理解力や置かれた境遇、性格等を考慮し、理解しやすいように説かれたからです。

ここ最近の自分は対機説法が全く出来ていなかった。自分のやり方や考え方を一方的に押し付けていた。

『何てこった・・・。』

『そりゃ、歯車合わんわ・・・。』

それが分かればすぐに自分の指導法を再チェックです。『あの飼い主さんへはこう言うべきだった・・・。』『あの飼い主さんへの指導はこうすべきだった・・・。』『あの飼い主さんには・・・。』『あの時は・・・。』

全てがクリアーになった時、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。犬に対して。飼い主さんに対して。

失敗は成功の母とは古来よりよく使われる言葉ではありますが、それにしても己の未熟さにはほとほと呆れます。基本を忘れると壁にぶつかる。土台が崩れると全てが崩れる。

その事を思い出させてくれた多くの飼い主さんと犬達に深く深く感謝です。そして懺悔です。

精進します・・・。

第47回 『言葉は剣より強い』

22才の女子プロレスレスラーの方が自ら命を絶った事が発端でSNS上での誹謗中傷について各方面で取り上げられてますね。私はテレビをほとんど見ない人間なので亡くなられた方の言動等細かな経緯はわかりませんが、言葉の暴力により相当悩み、苦しんでいたんだろうなというぐらいは察します。亡くなる前に飼っていた仔猫を人に託していたらしいのですが、そんな理性的な判断をしている人が自ら命を絶つ行動に出るのか、と驚きました。

私はとある飼い主さんとのやり取りで自分のいたらなさを痛感し、改めて言葉の重み、言葉の力というものを考えさせられ、それまでの自分の過去を省み、いかに今まで多くの方の心を傷つけ、迷惑をかけてきたかを深く深く反省させられた経験がございます。

過去を悔い、自己を向上させる為に必死に勉強している時に『雑宝蔵経』という仏典に出会いました。その中の『無財の七施』という教えが私の心にストンと落ち、以来今現在に至るまで自分なりに言葉を大切にすることに努めてまいりましたが、これからもずっと続く課題であると自覚しております。

人は人の言葉により傷つき、絶望もしますが、勇気をもらい、希望をもてる事も出来ます。何とも難しく、悲しくもなりますが、それが人なんですよね。

『無財の七施』の教えを大切に心掛け、人に勇気と希望を与えられる側の人間でありたい。少しでも優しく、明るい世界になってほしい。

日々反省。

日々努力。

第46回 『停滞からの気付き』

先月、腰を痛めてしまい丸三日間全てのスケジュールをキャンセルして静養に努めておりました。犬を抱きかかえた時にピキッと・・・。養生する為の三日間は精神的にこたえます。ただ静養とは言っても私の愛犬の世話はしないといけない(私の妻では不安なので)。いつもの半分の散歩コースで、いつもの歩く速度の八割減で散歩をしておりました。不便な生活。自分のエネルギーが弱くなっていることにイヤでも気付かされる。

ん?でも待てよ。エネルギーが弱っているという事は、言い換えれば多くの飼い主さんが犬と向き合う場合のエネルギーに近づけたという事にならないか?そしてそれは飼い主さんの気持ちに寄り添う事が出来るという事にならないか?という発想に至りました。この事は私にとって収穫でした。

私は自分で言うのもおこがましい限りですか、人よりエネルギーが高いと感じており、かつて師匠から「お前と同じペースで動くと周りが疲れるから、その辺は気をつけなさい。」と言われたり、『何でこんな事が出来ないのだろう。』と飼い主さんに対してもどかしくなる事もあります。

『もっと飼い主さんの立場に立って指導しなさい。』『もっと周りの人の気持ちになって行動しなさい。』腰痛という手段を通しての仏様からのメッセージだったのかもしれません。

『失敗は社会大学における必須科目である。』とは私淑している先生のお言葉ですが、金言だなと改めて痛感しました。

腰痛という停滞によって自分を少し見つめ直すことが出来た、私の新年度はそういう気持ちでスタート致しました。

第45回 『初春雑感』

私の愛犬は今年で14才になります。ボーダーコリーで14才は長寿の方だと思います。元々気性が荒いところもあるせいか、年のわりには若く見え、食欲も衰えず元気です。とはいえどこも悪くないかと言うとそうでもなく、視力、耳、足腰の衰えが見られるようになりました。人間の年齢に換算すると70才前後になるので致し方なし、といったところでしょうか。

大切な存在が老いていく様を見るのはさびしいものです。満開の桜がいつもと違って見えるのは、連日騒がしているコロナのせいだけではないような気がします。

あとどれだけの時間を愛犬と共に出来るかは分かりませんが、少しでも楽しく、穏やかに過ごさせてやりたいと願いながら一生懸命世話をしていこうと思う今日この頃です。

第44回 『ほめるか叱るか論争はナンセンス』

先日、ある飼い主さんとしつけについて会話を交わしている時に『ほめてしつけるのが正解か、叱る方が良いのか。』の話題になりました。このテの論争は昔からありますね。過去には「そちらはほめてしつける方法ですか?」との問い合わせをいただいた事もあります。

私は『ほめてしつける』とか『叱ってしつける』という言葉が嫌いです。どこか違和感を感じるんです。何か作為的なものを感じるんです。しつけって、相手と真っすぐ向き合う事だと思います。真っすぐ向き合えば必ず衝突します。でも、衝突なくして進歩なしです。ほめる時はほめ、叱るべき時は叱る事が自然と出来るようになります。エサは極力使いません。言葉を教える時や、犬の緊張をほぐす時に少し使うぐらいです。エサは使い方を間違うと犬を興奮させたり、エサがないと言う事を聞かなくなったり、犬の本能を引き出したりと、毒になる事も多いんです。エサを多用したしつけは『しつけ』ではなく『誘導』です。

今月から2才のオスの柴犬のしつけをさせていただいております。少し支配的で、逃亡癖があり、一度人を嚙んでしまってます。人を見ると興奮し、平気で甘噛みをしながら飛びつき、少し叱っただけで逆ギレします。こういう犬には徹底的に忍耐する事を教えていきます。ゆっくり、優しく、だがきっちり繰り返し教え込みます。ドアを開けるとロケットスタートを切る行動をやめさせるしつけの時に足を嚙んできました。でもひるまず、冷静に毅然とした態度で向き合っていると大人しく、穏やかにドアを開けても待つようになりました。服従する事を学ぶと犬は穏やかなエネルギーに変化していきます。今は横につかせて穏やかに人間に合わす事を重点に教えています。反抗して足に嚙んできたり、首輪をひっこ抜こうとしますがひたすら辛抱です。辛抱して、犬に辛抱を教え込みます。それがしつけだと思います。

ほめてしつけるか、叱ってしつけるか、なんて考えずに真っすぐ向き合う事を考えましょう。それが答えです。

第43回 『チャレンジは宝』

先月から中型犬の雑種君に物品持来という訓練をしています。私の中では基本訓練で一番難しい科目だと思っています。持来欲が旺盛な犬であれば比較的スムーズに教えられますが、その犬は全く持来欲が無い為、強制持来で教えていかねばならないので更にハードルがグッと上がります。しかも週二回なので更にハードルが上がります。挑戦ですね。ありがたい事です。難しい事にチャレンジさせていただける機会を与えてくれた飼い主さんに感謝です。

日々の生活や人生に潤いをもたらす為には色々な要素があると思いますが、その一つにチャレンジがあると思います。嫌な事から逃げないとか、難しい方の道を選ぶ等ですね。そのチャレンジ精神を支える三本柱は努力と勇気と情熱ではないでしょうか。

自分の道を切り拓くのは自分。その自分を支えてくれるのは努力・勇気・情熱。それを教えてくれる犬と飼い主さんにただただ感謝です。

第42回 『私の新年スタート』

2020年もスタートして早や一か月が経とうとしております。私はいつも通り元旦から仕事をしておりました。ありがたい事です。

2020年はとある飼い主さんと意見のぶつかり合いで幕が開けた、って感じです。(笑)出張訓練の難しさを感じながらも、意見やクレームをいただける喜びも同時に感じております。成長出来るチャンスを逃がさず、逃げずに向き合っていきたいですね。

先日、犬用の訓練道具をネットで検索していた時に偶然良い本に巡り合えました。『イヌの博物図鑑』。アーダーム・ミクローシという方が書かれた本ですが、内容が実に素晴らしいです。一人でも多くの愛犬家に読んでいただきたいです。

犬に関する本は新たに買う事はないと思っていたタイミングでの出会い、そして飼い主さんとの衝突・・・。『もっともっと勉強せなアカンぞ!!』と神様仏様から叱咤されてるような・・・。私の2020年はこんな形でスタートしております。

本年もよろしくお願い致します。