第95回 『皐月雑感』

五月も終わりである。という事はフィラリアの予防薬の投薬期間の開始である。病院によっては四月から飲ませようとする所もあるが、かかりつけの病院がもしそうであれば少し考え直した方が良いかも・・・。商売根性丸出し病院の可能性あり・・・。

10年以上処方してもらっていたマックスの分が今年から無い事で寂しい気持ちがどっと押し寄せてくる。まだまだ私の日常生活のあちこちにマックスは存在している。

先日、酷い噛み癖のあるコッカースパニエルの問い合わせがあったので奈良県まで車を走らせたのであるが、あまりにも景色が変わってなさ過ぎて驚いた。奈良県は私が20代の全てから30代前半を過ごした地であるが、当時のままであった。

新しい物、新しい事、変革によって人の心は動かされるが、古い物、変わらない物によっても人は感動する、という事に思い至る。

そこに何かしら人生の妙味を感じる今日この頃である。

第94回 『一朶』

4月も今日で終わりである。アッと言う間である。今月は癖の強い犬のレッスンが多かった。ゲージの中で大人しく出来ない柴犬。エレベーターに入った途端に常同障害を起こすシェルティー。おもちゃに異常な程執着するボストンテリア。チアノーゼを起こす程リードを引っ張るハスキー。他の犬を見つけると攻撃的になり飼い主の腕や手を嚙むチワワ。等、いずれも飼い主を悩ます深刻な問題である。どうすればいいか途方に暮れておられる。が、私は犬の心理が手に取るように分かるのでリードを持った途端、向き合った途端に我に返り穏やかな心理状態に変わっていく。それを目の当たりにした飼い主は唖然とされるが、私は私で飼い主にどう指導していくか悩む。癖の強い犬はウェルカムだが、人間は本当に難しい。問題行動のほとんどは飼い主が作ったものなので、治すのも飼い主である。私の役目はそれをサポートする事。飼い主は自分の悪い癖を治していかなければならない。癖直しである。私が飼い主の悪い癖を治せたらどんなに良いか。しかしイソップ物語の『北風と太陽』ではないがやはり人は人を変える事は出来ないものである。あくまでキッカケにしかなれない。ただのキッカケである。そのキッカケになる為に日々努力である。

昨年の暮れから司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読み直している。言わずと知れた名作である。司馬遼太郎が約10年かけて完成させた超大作である。私は司馬遼太郎の作品が大好きであるが、何がすごいってその情報量の多さである。たった一行の文を書くのに一体どれ程の時間と労力がかかっているか。その一行一行の積み重ねであの超大作が出来上がるのである。そして多くの読者の人生の分岐点のキッカケを作っているのである。

それを思うと私のキッカケ作りは屁みたいなものである。

まだまだ私の頭上には一朶の白い雲が流れている。

 

第93回 『再生』

3月に入った。風に揺れるスイセンを見て口元が綻び、イソヒヨドリの美しいハーモニーに心洗われ、メジロのつがいの仲睦まじい姿を見て優しい気持ちになる。

過ごし易い時節になった。が、何となくスッキリしない気分で過ごしている。大切な相棒を失ってから迎える初めての春である。桜が至る所で開花し始め、華やかな光景を展開しているが、いつも隣にいたマックスがいないだけでこんなにも違った景色に見えるのかと驚いている。

一個人にいかに大きな出来事が起ころうとも、自然の摂理や世間はいつもと変わりなく時を刻む。その事実に直面する時、寂しさを感じるのだろう。諸行無常を受け入れざるを得ない時、虚無感に包まれるのだろう。桜の美しさはその事に気付かせてくれる。

話は変わり、先日外を歩いている時にエネルギッシュな若い柴犬を杖をついた初老のご婦人が完璧に制御しながら歩いている光景に出くわした。思わず立ち止まり感心しながら観察していると、その老婦人の犬の扱い方が私のしつけ理論と合致している事に気付き、感心から感動へと移行し、より一層自分のしつけ理論に自信を深める事が出来た。

桜の美しさに虚無を感じ、初老のご婦人の振る舞いに希望を見出す。たまにはそのような春の迎え方があってもいい。

自然の摂理や世間の流れに捉われず、私は私のペースで再生していく。

 

 

第92回 『鎮魂』

今月12日に愛犬マックスが永眠しました。

16年の生涯でした。

亡くなる2週間前から介護状態になりましたが、最後の最後まで賢く、本当に本当に立派な犬でした。

1才半の時に引き取ったので、14年間を共にしましたが、その14年より最後の2週間の方が、マックスを抱きしめてあげた回数が多い事に気付いた時に自分の不甲斐なさに愕然としました。その14年より最後の2週間の方が、マックスに「ありがとう」と伝えた回数が多い事に気付いた時に懺悔の気持ちに押しつぶされそうになりました。

『何でもっと抱きしめてやらなかったんやろう。』

『何でもっとありがとうを言わなかったんやろう。』

マックスを抱きかかえながら見上げた満月の神々しい光。

号泣しながらマックスに感謝の念を伝えた時の夕日の輝き。

私は生涯忘れる事はないでしょう。

 

息を引き取った当日は季節外れのぽかぽか陽気でした。『せめて最後はお天道様の下で。』との想いで抱きかかえながらベランダへ移しました。太陽の光を浴びた瞬間のマックスの表情に感動しました。とてもしんどいはずなのに微笑んだのです。その瞬間『世界一美しい犬だ。』と思いました。前が見えないぐらい号泣しました。その2時間後、私の最高の相棒は旅立ちました。

マックス。

太陽の光を浴びた瞬間、君の目には何が見えたのかな。

大好きなササミすら食べれなくなって本当に苦しかったね。

水も自力で飲めなくなって本当にしんどかったね。

君は

君は

オレに引き取られてよかったのかな。

幸せやったんかな。

その答えは、自分があの世に行った時に分かるんやろな。

あの世へ行った時に、マックスが迎えにきてほしい。またマックスと散歩がしたい。

それを叶える為には、一生懸命生きるしかない。生き切るしかない。

愛犬家の皆様、どうか後悔の念が残らないよう愛犬との一日一日を大切にして下さい。いっぱいいっぱい抱きしめて下さい。感謝の念を忘れないで下さい。

最後に改めて

マックス、ホンマにホンマにありがとう。どうか安らかに。

合掌。

 

第91回 『新年スタート』

新年がスタートして早や後半に入った。私は毎年大晦日も正月もなく、散歩代行の仕事があるので今年も元日から犬の散歩の為あっちこっちと動き回っていた。休みボケとは無縁の人生である。散歩代行は数件行かせていただいているが、その内の一匹にリードをグイグイ引っ張る柴犬がいるのだが、ついでにその引っ張り癖を治しながら歩いていた。私の後ろを穏やかに歩く姿を見た飼い主さんは感心し驚かれていた。二週間が経過しようとする頃、散歩から帰ってきたらタオルを持って玄関先で待たれて「先生、この子の足を拭く事は出来ますか?」と仰るので、私は意味を解せずどういう事かと促すと、足を拭こうとすると噛みついてくるらしい。なるほど。「いいですよ。」と即答し、その日から散歩から帰ってくる度に足を拭くしつけが始まった。確かにタオルを見ただけでエネルギーが変わる。耳がピンと立ち、口がギュっと結ばれ、目つきが鋭くなる。とりあえずタオルを犬の足に近づけてみる。「ガウガウガウ!!!」思いっきり嚙まれてしまった。『これだけ噛みついてきたら飼い主さんもビビッて触れなくなるわな。』今までは嚙む事で嫌な事を遠ざける事が出来てきたんだろうが、私には効かない。だいたい一週間程で嚙まなくなり、今はとても穏やかなエネルギーに変わってしまった。飼い主さんも大変喜ばれているが、次は飼い主さんが頑張る番だ。

嚙まなくなる方法を文字で説明しようかと思ったが、誤解を招く恐れがあるのでやめておく。文字で説明するにはあまりにもデリケートなしつけで難しい。

出来なかった事が出来るようになるのはとても楽しい。

その楽しさを一つでも味わう為に、今年も私は努力をする。

本年もよろしくお願いいたします。

第90回 『大晦日ぁ』

もうすぐ2022年も終わりですね。

今年の私の漢字は『反省』。

言葉が足りなかったり、言葉遣いが良くなかったりで相手に少し不快な思いを与えてしまった事が多々ありました・・・。はぁ、ホント成長せんなぁ。

幸い、落ち込んでるヒマもないほど忙しい年末年始を過ごせる事に喜びを感じてます。出張訓練は休ませていただけますが、朝夕散歩散歩、散歩代行の日々です。

今年の反省を生かし、来年は少しでも成長します。

皆様、良いお年を。

来年もよろしくお願い致します。

第89回 『講義』

11月に入ると毎年私の頭の中に動物取扱業の研修会の事がよぎるようになる。ここ三年程はコロナの影響で中止になっていたので万歳三唱していたのだが『今年はどうなるんやろぉ。』とやきもきしていたところ、大阪府からの通達が・・・。

『令和4年度の動物取扱責任者研修については、新型コロナ感染症拡大防止のため、原則、インターネットによるWeb研修で開催することとします・・・云々』

まさかのリモート開催。私史上、初のリモート。

コンビニで受講料を払い、数日後に大阪府からの講義のメールが届く。そのメールを開くと講義が始まる。何もかも初めての事ばかりで胸が高鳴る・・・事はなく、約一時間のビデオを早送りで10分で終わらし、その後の確認テストを2分で片付け、私の義務研修会は12分で終了した。素晴らしい。リモート万歳。

JKCもこれにならってほしいものだ。そうすれば無駄な講師を招いての無駄な講義を聞かなくて済む。その方がよっぽど人を平和な気持ちにさせることか。

話は全く変わるが、尊敬している甲田先生の絶版になった本がどうしても新品でほしいので春秋社にダメもとで問い合わせてみたら、何と本屋から返品されたものが一冊だけ在庫があるとの事。これには私は勿論だが「入社以来初めての経験です!!」と出版社の方も大変驚かれていた。2000年に出版されすぐに絶版になった本なのでまさに奇跡。そしてその本は甲田先生が講義された内容を文章化したもの・・・。

動物取扱責任者のリモート講義といい、今月は講義に関する事で心をホクホクにさせていただいた。

さあ!!甲田先生の中身の濃い名講義をたっぷり、ゆっくり時間をかけて堪能する事にしよう。

第88回 『愁』

秋である。もうすっかり秋である。キンモクセイの香りが鼻腔をくすぐる気持ちの良い季節である。と、同時に秋は何となくセンチな気分にもなる。郷愁、哀愁という漢字からも分かるように、やはり昔から秋という季節は人をノスタルジックと言うか物悲しい気分にさせてきたものらしい。太古の人間と同じ気分に浸れるとは何とも歴史ロマンを感じるではないか。よし、ここらで一句。

『イモ食えば ガスが出るなり 大量に』

・・・・正岡子規に祟られそうなのでもうやめとこ。

9月初旬からお預かりしていた犬を無事に飼い主の元にお返しする事が出来、大変ホッとしている。一か月半もの間神経を使いながら世話していたので疲れたが、色々な事を学ばせていただいた。また一つ成長出来た事に喜びを感じる。やはり人間は歯を食いしばる時期を経て成長出来るものなのだ。

日々、一癖も二癖もある犬と向き合っているが、今月からかなり重症の犬達と関わらせていただく事になった。四匹飼われている多頭飼いで、その内二匹は過去に犬のようちえんや警察犬訓練所と計三か所にお世話になったらしいがいずれも全く成果が出ずに終わり、今回縁あって私の元に連絡が入った次第である。どのような指導やアドバイスを受けてきたのかをお聞きしたが、内容の杜撰さに愕然となった。私もかつて警察犬訓練所で修行していた人間なのでやるせない気持ちになる。

何故もっと勉強しないのか・・・。

何故もっと研究しないのか・・・。

何故もっと飼い主と真摯に向き合わないのか・・・。

郷愁。

哀愁。

訓練士業界について思いを巡らす時、湧き上がる感情をこれ以上的確に表現する言葉を、私は知らない。

第87回 『Priceless』

最近はペットショップやブリーダーからではなく保護団体から犬を迎える方が増えている。とても喜ばしい事で、この流れがもっともっと広まってほしいと思っている。そしてその関連で元野犬だった犬のしつけや問題行動改善の機会に恵まれる事案も増えている。つい先日も元野犬だった犬のしつけ指導が終了したところである。三か月間日曜日を除いて毎日通い、指導させていただいた。週六日というのは異例である。理由はいくつかある。犬の心理状態がひどい事。飼い主さんが犬に引っ張られた際にこかされ骨盤を折ってしまい、身体的にも精神的にも犬を扱える状態ではなかった事。それでも最後まで責任を持って飼うという熱意に打たれた事、等である。

最初の二か月間は私と犬との1対1である。少しの物音や人の姿ですぐにパニックを起こし逃げようとする。いわゆる恐怖症である。それも強度の。強力なリーダーシップで犬をリードし、信頼関係と主従関係を作る事に努めた。初日から私の後ろを歩く事を教え、一週間程で(私がリードを持つ限りだが)パニックを起こさず歩けるようになった。それを見た飼い主さんは私のしつけ理論に全幅の信頼を置いてくれるようになり、私のアドバイスを全て守ってくれた。このような方は稀有な存在である。なかなかお目にかかれるものではない。感心する程の努力を重ねられ、今ではほぼ完璧に犬をコントロール出来るようになり、犬は常に飼い主さんの後ろを穏やかに歩けるようになった。改めて犬の問題行動改善の鍵は訓練士と飼い主の二人三脚であると再認識させていただいた。野犬として生き、不安な日々を過ごしてきた分、素晴らしい飼い主さんに出会えて本当に良かったなぁと思う。

最終日、涙腺が緩みそうな瞳で「本当に本当にありがとうございました。」と仰られ、手には寸志の封筒を持っておられたが丁重にお断りした。それでも「いや、お願いします、受け取って下さい。」と仰られるので、「それじゃ、それはドッグフードのお金にしてあげて下さい。」と固辞した。私は既にお金以上のものを頂いている。『どんなにひどい心理状態の犬でも私のしつけ理論で解決出来る。』という証明をその飼い主さんがして下さった。それはお金では買えない財産である。

私はこの先の人生で、プライスレスな財産を一体どれ程頂けるのだろう。学ぶ心を失わず、一日一日をしっかり積み重ねていく所存である。

第86回 『吐露』

今月初めから犬を一頭お預かりしている。飼い主さんの体調面での事情で約一か月間入院されるので、その間の共同生活である。お預かりする一週間前にその犬の匂いのついたベッドをお借りして、愛犬マックスともう一頭のお預かり犬のいる部屋に置いておいた。当然そのベッドには、性別・年齢・エネルギー等の情報が詰まっているので匂いを嗅ぐ事で一方的な初対面を果たす事が出来、その犬を迎え入れる心の準備が整うのである。事前に仮の共同生活をしておく事で、実際の共同生活がすんなりスタートを切る事が出来るわけだ。このやり方はとても有効なので既に犬を飼われている方が二頭目、三頭目を迎えようとする場合に是非やってもらいたい。ペットショップ、ブリーダー、保護団体等色々な手段があるが良心的で犬の事をわかっているところであれば理解を示してくれるはずだ。

と言うわけで毎日三頭引きをしているわけだが、一頭増えるだけでやはり大変である。『一頭も二頭も変わらない』というのは猫には通用するが犬には当てはまらないと私は思う。猫は単独で生活する動物であり、犬は群れで生きる動物だからだ。群れには当然秩序がいる。明確なルールがいる。そのルールを作る事が出来るのはボスだけである。おいしいオヤツや甘い言葉でルールを作る事など不可能である。絶対的なボスがいて、明確なルールがあり、初めて安定した秩序が保たれる。しつけや問題行動に関して私は自信と信念を持っているので、何頭増えようがトラブルが起こる事はないのだが群れを制御するエネルギーを高める必要があるのは確かである。

エネルギーを高める方法は人それぞれだと思うが、私の場合は1.食生活の徹底2.睡眠時間の確保3.読書4.瞑想5.健康体操、の五本の柱でエネルギーを高め、維持する事に努めている。いずれも一人で出来る事なので他人に左右されないところがいい。人は一人では生きる事は出来ないが、自己を整える事が出来るのは自分だけである。他人や他の動物と良好な関係を築く為には自己を整える事が必須である。

と、まぁ、のらりくらりと書いてきたが最後に今回のお預かりの件に対する心情を吐露してこの稿を終了したい。

『飼い主さ~ん!!早く帰ってきて~!!』

ボスとは大変な仕事なのである。