第80回 『惜別の色』

九年もの長きにわたり私に多くの知恵と知識と技術を授けてくれた犬が旅立った。亡くなる二週間前までいつも通り元気にボール遊びをしていただけに悲しみよりも驚きの方が大きい。急激に衰弱していく姿を見て病気の恐ろしさを思い、見抜けなかった不甲斐なさに唇を嚙んだ。

飼い主さんは20年も前にご主人を亡くされてから御一人で三人の息子さんを育て上げた気丈な方であるが「息子の前でもお医者さんの前でも涙を見せなかったが菊池さんを見ると抑える事が出来ません・・・。すいません・・・。」と大粒の涙を流された。その涙に値する人間かは私には分からないが、犬と真摯に向き合ってきたという自負はある。

別れは必ず来る。死は必ず訪れる。それを思う度にうかうかしていられないと背筋が伸びる。伸びた次の瞬間にはうかうかしている自分がいる。愚かさを自覚出来るだけまだマシか。うかうかの連続で人類の歴史は成り立っている。

34才の時に10年以上関わらせていただいた犬が旅立った日は目が眩む程のまぶしい青空だった。きれいな景色であってもその時の心理状態で見え方が違う事を知った。きれいであればある程悲しみは大きくなる事を悟った。

今年の桜は私にとって、悲しみの色になるだろう。

 

第79回 『縁を想う』

今月から13才の柴犬の散歩代行をしている。独立開業して2年目からの付き合いなのでかれこれ10年以上関わらせていただいてる事になる。出張訓練が終了しても散歩代行やしつけの相談等で関わらせていただける事に感謝感謝。犬は白内障、飼い主さんは緑内障に膝の不調。出会った当初は矍鑠とされていたご婦人であったが、明らかに老いの兆候が見られ、すっかり弱られてしまった。10年という時間は確実に人を変えてしまう。縁を想う。

偶然にも今月に入ってから、出張訓練を終了して数年経った方々から5件連絡があった。しつけの相談、散歩の依頼、近況報告等様々だが再び関わらせていただく事はありがたく、光栄に思う。訓練士と飼い主の理想の関係はこれに尽きると思う。人との縁を大切にする日々をこれからも重ねていきたい。

話は逸れるが今月に入ってから小説も読み始めている。普段小説は全く読まないが、年に一、二回発作的に小説が読みたくなる衝動に駆られる事がある。たいていは日にち薬で治まるが今回のはどうも治まらない。って言うか無理に抑える必要もなかろうという事で、前々から興味があった夏目漱石の『草枕』を発作薬に選んだ。『智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』というあまりにも有名過ぎる冒頭文から始まる日本文学史に残る名作。智に働き過ぎるきらいのある私はこの一文で完全に心を鷲掴みにされてしまった。角が立つ事を恐れる必要はないと思うが、立ち過ぎる人生もどうかと思う。智に働き過ぎる人、情に棹さし過ぎる人、意地を通し過ぎる人・・・。世の中には色んな人がいる。人は人に傷つけられ、悩まされる。しかし人を救うのもまた人。せっかく地球という同じ星に生まれ、生かされているんだから一人一人己の欠点を自覚し、謙虚な心で精進して、手を取り合って、譲り合って、穏忍自重しましょうよ。

第78回 『自灯明』

先日、本気噛みしてくる柴犬のしつけ指導の為奈良県まで行ってまいりました。遠方なので普通は行かないのですが内容が深刻なので行かせていただきました。奈良県は私が修行時代を過ごした地なのでなつかしい気持ちになりました。問題の犬は1才半。ちょうど問題行動がひどくなり始める時期ですね。嚙む主張が強く、ハウスさせる時が特にひどく、ハウスさせようとしただけで噛みついてきます。エサやおやつを使ってなだめすかして何とか入れる事に成功しても後が大変。吠えるわ扉を開けようとすると手に噛みつこうとするわで、最近は部屋の中でフリー状態。しまいには物に執着するわで飼い主さんも困り果てていました。

問題行動の発生メカニズムと治す為の方法を指導し、次に犬と向き合います。約30分程で自分からハウスするようにし、ハウスの中でも穏やかになるようにしました。飼い主さんは犬の変わりように目をパチクリされ喜ばれましたが、ここからが本当の勝負です。努力を怠るとすぐに崩れます。再発します。根が深く、奥が深い問題なので一筋縄ではいきません。

しつけとは何でしょうか。

即答出来る方は一体どれだけおられるでしょう。

しつけとは

辛抱する事を教える事。

忍耐をする大切さを教える事。

かわいい愛犬、我が子に辛抱・忍耐を教える為にはどうすればいいか。

自分が辛抱する生活を送ればいい。

自分が忍耐をする日常を過ごせばいい。

辛抱が辛抱でなくなり、忍耐が忍耐でなくなった時、自然としつけが出来るようになる。自然と問題行動が消えていくようになる。

しつけとは

『楽しむもの』ではなく『愉しむもの』。

何も努力しないで向こうからやってくる『楽しみ』ではなく、努力に努力を重ねて自ら食い込んで行く『愉しみ』。

愉しむことが出来るようになった人にしつけに悩む苦しみは消え去るでしょう。

ちなみに

奈良県の柿の葉寿司は格別です。立ち寄られた際は是非(笑)。

 

第77回 『抱負(のようなもの)』

2022年がスタートして早やひと月が経とうとしております。電光石火の如く毎日が過ぎております。『元日や後ろを見れば大晦日』と二宮尊徳先生が詠んでおられますが、常に肝に銘じておかなくてはならない教えだなと思います。

元日に私が一方的に私淑している塩沼亮潤先生の特集を組んだ番組が放映されておりました。何とも清々しい、気分の良いスタート。画面越しでも伝わる氏の魅力。『やはり本物は違うなぁ。』と元旦早々、感動と同時に身の引き締まる思いになりました。

2022年は、37才から続けている健康法に対するモチベーションをもっともっと上げていこうと思っております。年末年始にかけてちょっとした体調不良に陥りましたからね。健康に勝る宝はないな、と。しかしその副産物として、腸の不調と腰痛の関連性を体感出来た事はとても大きな財産になりました。この事が世間に広まったら整体師さんの収入は半減するのでは・・・。

とまぁ、そんな感じで(どんな感じや)

本年も自分を見失わずにぼちぼちやっていきます。

 

第76回 『大晦日』

先月末からコンラート・ローレンツ博士の『ソロモンの指環』を読み直している。

これで何回目やろぉ。20回ではきかん。

読む度に勉強になる。癒される。心が明るくなる。

本当に良い本だなぁと思う。

一番手垢で汚れていて、一番ブックカバーがボロボロになっていて、一番付箋だらけになっている本。

あれ?

この本が自分にとっての本当の座右の書なんじゃないの?

って事に気付く。

なんて事を考えている間にも2021年も終わろうとしております。

今年も色々ありました。多くの方に支えられました。感謝感謝です。

無事に15才を迎えた愛犬マックスと共に新年を過ごせる事に大きな喜びを感じます。

皆様、良いお年を。

第75回 『知恵の力』

『犬は家族の一員』

危険な言葉やな、って思う。

人間の世界の、一方通行の言葉。

『家族』という言葉から、概念から何を連想しますか。

親・平等・皆仲良く等々・・・。

『家族の一員』という言葉によって苦しい思いをしている犬がたくさん存在していることに気付いていない人が多過ぎる。

人間には知恵があります。犬の世界、犬の概念を理解し、それに合わす知恵があります。

犬の世界、犬の概念とは。

『犬は群れの一員』。

『群れ』という言葉から何を連想しますか。

リーダー・順位・規律・強者・弱者・・・。

耳をふさぎたくなる飼い主もおられるでしょうがこれが犬の世界、犬の概念です。

知恵の力で概念は犬に合わす。そして犬には行動を人間に合わさせる。

犬は人間に親としてより、リーダーとしての役割を求めています。自分を導いてくれる存在を求めています。

犬が人間に親を求めているのではなく、人間が犬の親になる事を求めているのではないでしょうか。犬の親になる事で幸せを求めている。癒しを求めている。それは人間の自己満足。

犬の世界で犬を見て下さい。

犬の概念で犬と向き合って下さい。

犬の問題行動とは

犬の叫びですよ。

第74回『本能を生かす』

ひどい恐怖症を抱えた犬のしつけに取り組んでいます。一匹は5才の柴犬、もう一匹は1才のペキニーズ。ちょうど同じ時期に開始しましたが柴犬の方が順調に進んでいます。踏切を渡れないとか、電車の音でパニックになる等色々ありましたがほぼ消失しました。飼い主さんがリードを持ってもちゃんと歩けるようになるのも時間の問題かなと思います。

一方のペキニーズはなかなか進歩しません(飼い主は別々です。)外を歩けるようにはなっているが、パニックの度合いはひどいし、少しの物音に対する恐怖心も相当なものです。なかなか鼻を使ってくれない。

狩猟本能の差は大事だな、と改めて思います。

犬は本来鼻を使う動物なので匂いを嗅がせる事がとても大事です。恐怖症克服の鍵の一つです。匂いを嗅がさない散歩を推奨しておられる専門家をよく見受けますが私は大反対です。また特定の場所を決めて匂いを嗅がせたり、排尿・排便をさせるやり方の専門家の意見にも大反対です。

人間に置き換えて下さい。スポーツのニュースだけ見たいですか?政治経済や芸能、グルメ、旅行、趣味と色々なニュースを知りたいという思いありますよね?犬も同じです。犬も犬世界の情報をたくさん仕入れたいんですよ。その為には鼻を使うしかない。

狩猟本能があまりないペキニーズ君が鼻を使うようになるか否か。

そこが進歩の別れどころ。

第73回 『恐怖症』

ここ最近偶然にも同じ問題を抱えた犬のご相談が三件続けてありましたので今回はその事に少し触れていこうと思います。

内容は恐怖症です。

音に過敏に反応する。外を歩けない。雷の音で脱糞する。恐怖心から噛みつく、吠える、パニックになる・・・等々。

動物の世界に恐怖症はありません。恐怖心はありますが、恐怖症はありません。母なる大自然の下では恐怖症は起こりません。人間と関わる事で恐怖症になってしまうんです。人間が犬をおかしくしてしまっているんです。

恐怖症の原因は社会化不足と過干渉です。生後一か月から四か月の飼育環境がとても大切で、一番吸収力がバツグンの月齢期に社会化が足りないと脳が正常に成長せず、環境の変化に弱くなります。それから過干渉ですが、恐怖症を発症する犬の飼い主はほぼ例外なく愛情が細やかで、気遣いが出来て、せっかちです。恐怖症を発症する素因のある犬が、気遣いが出来るせっかちさんに飼われるとだいたい恐怖症になるか、それに近い状態になります。犬が音や環境に怯えている時に愛情をかけたり反応したりする事で余計に敏感になってしまうんです。それの積み重ねが恐怖症です。

では、恐怖症を克服する方法は何か。

超強力なリーダーシップと運動。この二つしかありません。超強力なリーダーシップで犬を導き、たっぷりの運動をかける。言い換えれば犬の意識を外ではなくリーダーに向けさせるという事です。オヤツや細やかな愛情では恐怖症になっている犬の意識をこちらに向けさせる事は出来ません。

強力なリーダーシップをいかにして身に付けるか。

母なる大自然に一歩でも近付く事です。少しずつでもいいから己を律する努力をして、生命エネルギーを高める事。近道なんてない。

日々反省、日々奮起をたゆまなく続けるしかないんです。

第72回 『ブル系』

ボールに対する執着心が激しい柴犬のしつけを先月からしております。二回目のしつけの時に私の手と足をめがけて噛みついてきましたが、今はすっかり素直になり楽しくボール遊びが出来るようになりました。これからは飼い主さんへの指導がメインになります。何回も嚙まれておられるので恐怖心を取り除くことからのスタートですが、『こうすれば治る』という方程式を口頭で説明し、実践でお見せしてますので希望に目を輝かせておられます。私は、共に方程式を解いていく喜びを感じております。

執着心を取り除くしつけは大変ですが、特に大変だなと感じるのはブルドッグやフレンチブルドッグ、ボストンテリアの三犬種ですね。牛と戦う為の血が騒ぐのかなと分析しておりますが(人間のエゴですよね・・・)、とにかくしつこい。しぶとい。

以上の三犬種の内のいずれかを飼われている方、もしくは飼う予定のある方は執着心がつかないよう充分注意して下さい。ついてからでは大変です。

運動と強力なリーダーシップ。

この二本柱を大切に。

 

第71回 『推薦図書』

先月からある本を読み直しています。

『靖國のこえに耳を澄ませて』

2011年に購入して以来なので10年振りに読み直している事になります。深い理由はなく、8月に入りセミの賑やかな声を聞いた瞬間に『特攻隊の方達の言葉に触れたい。』と思ったのがきっかけです。10年前に読んだ時も感動しましたが今回はその比にならない程で、胸をふるわされております。その時の自分の価値観や心理状態で同じ本、同じ言葉でも響き方が変わる。読書の醍醐味の一つですね。

私は特攻隊の方達を心から尊敬しております。彼らは英霊として靖國神社にお祀りされています。英霊の御言葉には大変重みがありますが、今回読み直してみてその理由がよく分かりました。自己を中心に置き世界を見るのではなく、自己を中心から離れたところに置き世界を見ることを悟りといいますが、彼らはその悟りを開かれているんですね。だから御言葉に力があり、とても良いお顔をされているんです。

『洗脳されていた』とか『検閲が厳しかった』とか色々言われてますが、素直な心で、白紙の心で日記や遺書に触れるとそのような思いは一瞬で吹き飛びます。魂のこもった言葉は人の心を動かす力があるんです。本物の言葉は風化しないんです。

英霊の御言葉に比べ自分の言葉がいかに軽いか。現代人の言葉がいかに薄く汚いか。すぐに不平不満の言葉を吐く私達現代人は何かが、どこかが狂っているんだと思います。

日本人が日本人としての誇りを取り戻す。

人間が人間としての自覚を取り戻す。

この本にはその力がある。

読書の秋です。

一人でも多くの方にこの名著を手に取っていただきたいと念願致します。